
「マーケティングは、学校では学べない。現場で学び、鍛え上げるものなの。という主張には、少し違和感があります。フレームワークを押さえてこそ、正しい戦略が設計できるのではないでしょうか。」
読者の方から、もっともなご指摘をいただきました。
おっしゃる通り、「学校では学べない」のではなく、「学校“だけ”では学べない」と表現すべきでした。
念のため付け加えておきますが、私は決してフレームワークを軽視しているわけではありません。
むしろ、フレームワークは、思考の漏れや偏りを正すうえで非常に有効なツールだと捉えています。
特に、チームで議論を進める際には、フレームワークが“共通言語”として機能し、コミュニケーションの質を格段に高めてくれます。
ただ、私が問題提起したかったのは、「フレームワークを使うこと」と「実際に成果を上げること」は、必ずしもイコールではないという点です。
そもそも、再現性を高めるために開発されたフレームワークを使っても、なぜ他の成功事例と同じような成果が得られないことがあるのでしょうか?
その理由は、端的に言えば「顧客理解」が不十分だからです。
顧客への理解が浅いと、どれだけ立派なフレームワークを使っても、すべての戦略に微妙なズレが生じてしまいます。
「顧客理解」は、マーケティングの一丁目一番地——すべての出発点なのです。
これは前回も書いたつもりではありますが、今回は改めて「どうやって顧客理解を深めるか」という点に焦点を絞ってお伝えしたいと思います。
たとえば、発電用バルブメーカーの星野バルブ製造(株)は、来年100周年を迎えるにあたり、「人文知研究所」を新設したそうです。
同社の社長は、「我が社の社員は“バルブ屋”という固定観念を持っている。たまたま100年やってこられたが、新規事業を立ち上げるには、自分で考えられる社員を増やしたい」と考え、新組織を立ち上げました。
BtoB企業としては、かなり思い切った組織体制ですが、観察の対象を「自然人」から「法人」に置き換え、その営みの「目的」「意味」「価値」などを探求しようとする姿勢は、非常に興味深い取り組みです。
とはいえ、“人文知研究所”という名前からは、フィールド(現場)に出るというよりも、既存の資料や表現物(文学・芸術・思想)を内省的に掘り下げるような印象を受けます。
内省的な掘り下げによって、果たして体温を感じるような「顧客像」が捉えられるのか——そこには、やや疑問が残ります。
一方で、サントリーでは文化人類学の手法を取り入れた消費者調査を行っており、実際に消費者の自宅を訪れて、お酒の飲み方を観察しているそうです。
(2025.1.22 日経MJより)
文化人類学的アプローチだからこそ、自分たち(作り手)と買い手は「異なる文化」にいることを前提に、生活様式や価値観を丁寧に探り出そうとする姿勢が見えてきます。
誰かの空想で描かれた安っぽいカスタマージャーニー(※)ではなく、リアルな顧客に接することで、自分たちの思い込みや先入観を打ち破る——。
この手間暇かかる取り組みこそが、真の顧客理解につながり、本当に価値のある“発見”をもたらすのです。
※カスタマージャーニーとは、顧客が商品やサービスを認知してから、購入・利用・ファン化するまでの一連の体験プロセスを時系列で可視化したものです。
これは、フレームワークやデータ分析だけでは決して得られない、“肌感覚”をともなう「理解」の世界です。つまり、「顧客理解」とは、単に属性情報や購買履歴を集めることではありません。
その人がどんな環境で、どんな価値観を持ち、何に悩み苦しみ、何に喜びを感じているのか——
そうした“生きた情報”を、どれだけ具体的に掴めるかにかかっているのです。
もちろん企業によっては、「そんな手間のかかることは無理だ」と敬遠する声もあるでしょう。
しかし、時間をかけて丁寧に観察し、対話し、理解するからこそ、「なぜこの商品が売れないのか」「どこでつまずいているのか」といった疑問に対して、本質的な答えが見えてくるのです。
実際、私のクライアント企業でも、顧客ヒアリングを営業活動の一部として取り入れたことで、単なる価格交渉から脱却し、提案の質そのものが劇的に向上したケースがあります。
・売り手の提案によって、実際に買い手はどのような得をしたのか
・どのような課題や問題点がクリアされ、どんな苦痛やストレスから解放されたのか
・そして、全体を俯瞰したとき、どの程度のコストダウンや売上・利益の改善につながったのか
こうした“実例”に基づいた説得材料を得たことで、「提案価格以上の価値」を訴求できるようになったからです。
ここからわかるように4P(※)というフレームを使っても「適切な価格設定」はできません。
※4Pとは、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)それぞれの要素をバランスよく組み合わせ、ターゲット顧客に対して最適な価値提供を設計するマーケティング戦略のフレームワーク。
フレームワークは、あくまでも漏れや偏りがないかどうかのチェックツールに過ぎないのです。
目的に向かうための地図的な役割を担いますが、大事なことは、なにが「目的」なのか、ということです。
顧客の満足によって、対価を得ることが、目の前の目的であるならば、顧客の満足とは何か?を突き詰める必要があります。
だからこそ、 現場に入り込み、顧客の息遣いを感じ、彼らの言葉にならない欲求を読み解くことが大事なのです。
この目的がクリアに見えたとき、初めてフレームに血が通い始めるのです。
御社は、フィールドワークならぬ、現場観察やヒアリングを生かした「ものづくり」や「販売戦略の構築」を、“実践知”として積み重ねていらっしゃいますか?