
「この製品、昔はよく売れていたのですが……。今では競合が増え、すっかり泣かず飛ばず。在庫の置き場にも困る“お荷物商品”になりつつあるんです」
そんな切実な相談を、かつて弊社のセミナーに参加された企業の役員の方からいただきました。
その製品は、かつて革新的な技術によって市場を席巻した逸品。あの有名な商品を、まさかこの会社が手がけていたとは―と、正直驚きました。
相談を受けたにもかかわらず、思わずこちらが興奮し、次々と質問を投げかけてしまったほどです。
詳しくお聞きすると、機能面では今なお競合を寄せ付けない優れた技術がある一方で、敗因は「デザインの悪さ」にあるとのことでした。
その製品は、美容系のBtoC商材。
第一印象、つまり“見た目”で購入判断される傾向が強く、工業系部品メーカーとして「実用性重視」で製品づくりをしてきた同社にとっては、不慣れな土俵での戦いだったのです。
実際に本社を訪問した際にも、社風として“オシャレとは無縁”な実直な実用主義が根付いていることを感じていました。
事業成功の秘訣は「顧客の心理を深く理解し、願望を叶える」ことです。
美容に関心をもつ消費者の目にとまり、彼らの欲望や不平不満を解消できるような価値提供が求められるのです。
そんな話を1時間ほどディスカッションしているうちに、徐々に「勝ち筋」が見えはじめてきました。
今回のコラムでは、その「勝ち筋」を導くための具体的なアプローチをご紹介したいと思います。
ただし、業界を特定すると先方の先行者利益に影響が出てしまうため、事例を変えて『かつての売れ筋を、今の売れ筋に変える発想法』という切り口でお伝えして参ります。
たとえば、振動解析などの環境影響評価技術を持つ企業が、低周波と特殊な導電素材を活用して、コンシューマー向けの「低周波治療器」を開発したとしましょう。
上市当初は「自宅で腰痛治療ができる!」と話題になり、飛ぶように売れました。
ところが、時が経つにつれて競合が増え、売上は激減。
元々、法人営業しか経験がなかったため、巻き返しの戦略が立てられず、気がつけばシェア最下位にまで落ち込んでいました。
さて、このような状況から、どのように再浮上を図るべきでしょうか。
✔︎ 広告に強い中途採用者を雇う?
✔︎ 一流の工業デザイナーに依頼し、意匠を刷新する?
一見、どちらも有効な策に見えます。
しかし、広告人材が社風に合わず早期退職するリスクや、意匠を改善しても競合がさらに高いデザイン性を打ち出せば、すぐに陳腐化する可能性も否定できません。
そもそも論で考えても、経営陣が美容に興味のある顧客像に、興味関心を抱いていません。
得意な人たち以外にビジネスを展開しても、うまく行かないのはある意味当然なのです。
では、どうするか。
結論から言えば、中小企業に限って言えば、経験値の高い「法人向け営業スタイル」に軸足を戻すことが有効策となります。
法人営業では、機能・性能・コストパフォーマンスをロジカルに伝え、エビデンスを揃える力が問われます。冒頭の企業も、この点には非常に長けています。
一方、コンシューマー市場では、テレビCMや雑誌広告などによるマスマーケティングや、SNS・PPC広告を使ったターゲットマーケティングといった、まったく別の技術が求められます。
加えて、コンシューマーの購買動機は、法人と違って「複雑かつ感情的」です。
法人は「効率化」「コスト削減」「品質向上」など、明確な経済合理性で意思決定しますが、個人消費者は「なんとなく良さそう」「友達が使っている」「オシャレだった」といった“情緒的な理由”で判断します。
この「論理 vs 感情」の構造を理解しないままBtoC市場に参入すると、ほぼ確実に空回りします。
さらに、BtoCはマーケティングコストも高止まりしやすい分野です。
たとえば、大手家電量販店に「低周波治療器」を置いてもらうには、「宣伝してくれなければ置かない」などの条件がつきます。
テレビCMや新聞広告を打つには数千万円単位のコストが必要ですし、ネット販売であっても楽天やAmazon、自社ECでの集客には莫大な広告費が不可欠です。
対して、法人向けであればターゲットは限られており、認知獲得にかかるコストも相対的に抑えられます。
たとえば、低周波技術を活かし、畜産業向けに「肉質改善システム」を開発したとします。(あくまでも例え…です)
家畜のpH値をコントロールする低周波首輪によって、保水性や柔らかさ、色調の安定化を実現できれば、農家の売上アップに直結します。
仮に、肉牛生産農家ランキングNo.1の「安愚楽共済牧場」で実績を出せれば、それ自体が全国4万軒の畜産農家にとって関心を呼ぶ話題になります。
DM(ダイレクトメール)1通あたり150円として、全国展開しても600万円。
しかも、反響テストをしながら段階的に投資すれば、費用対効果を見ながら進めることも可能です。
さらに「農畜産業振興機構」や各都道府県の「畜産協会」に研究発表の機会を求めれば、無料または微々たる賛助会費でプレゼンの機会も得られる可能性もあります。
このように、法人向けはコンシューマー向けと比べて、市場認知の獲得にかかるコストを圧倒的に抑えることが可能です。
試しに広告費を比べてみましょう。
・日経新聞(全15段)1面広告:2,040万円
・日本農業新聞(全15段):320万円
実に6倍以上の差です。
さらに、コンシューマー市場には、ストレッチ、姿勢改善、温熱器、マッサージ器など無数の代替品が存在します。
その中から“低周波治療器”を選んでもらうには、共感性や感情を揺さぶる高等テクニックが必要不可欠です。
控えめな広告では反響ゼロ。過激な表現をすぎれば「思っていたのと違う!」とクレームが噴出。そんな“泣きたくなる”ような事例は数え切れません。
法人相手のセールスは、ターゲットも明確で、成果が売上向上という形で明確にベネフィットを示せる―これほど理にかなった「勝ち筋」はないのです。
今回ご相談を受けた同社も、長年にわたって法人相手にビジネスを展開してきた企業です。
だからこそ、まずは現状の課題を整理し、目指すべきゴールを明確に描くことで、自社が進むべき方向性を自然と再定義することができたのです。
市場での競争に敗れて落胆したり、無謀な挑戦で疲弊する前に、「自社の”得意”を活かした戦い方」はないかと、足元を見直すことー。原点回帰は、V字回復のキッカケを作ってくれることが多いのです。
御社は、自社の「得意」を活かすビジネス展開に、全神経を集中できていますか?