とことん「本質追求」コラム第616話 成果を出すための仕事とは

「先日のコラムで、大手コンサルティングファームをディスっていましたね。」

友人コンサルタントと一献傾けていた時、先日のコラムを指摘されてしまいました。

いえいえディスるつもりは毛頭ありません。
彼らは、舌を巻くようなプレゼン力がありますし、パワポの見せ方も上手です。
マクロ的視点からミクロ的時点へのプレイクダウンさせていくプレゼン技術は論理的で説得力があります。

しかし、結果を出せるか否かは、また別の話です。

以前、大手企業を中心にクライアントを持つ先輩コンサルタントから言われたことがあります。
「藤冨さん、中小企業は大変でしょ。結果を出さないといけないから。大企業は良いよ。コンサルタントを雇ったことで満足してくれるから」と、大企業向けのコンサルタントに転身するようアドバイスを受けたことがあります。

先輩からの助言ですが、丁重にお断りしました。

理由はカンタンです。
ヒリヒリする緊張感から結果を出した時のアドレナリンが放出する快感がたまらなく好きだからです。

「結果が出ない=楽ちん」と言う公式は、いまいちピンときません。
それより「結果が出ない=恥」と言う公式の方が強く働く性格のようです。

もちろん全てのプロジェクトが成功するとは限りません。

新規事業の成功率は『センミツ』と言われる通り、決して高くはありません。
センミツとは、1000個新商品を開発しても3つくらいしかヒットしないよ…と言う意味で使われる言葉です。

しかし、こんな確率で中小企業のコンサルティングをしていたら、我々は生き残ることは出来ません。
当たり前ですが、中小企業の経営者は、成果を求めてコンサルティングを依頼するからなのです。

会社のお金も、自分の財布も同じ感覚です。
ムダ金を極端に嫌うのが、経営者という生き物です。
必然的に緊張感漂うヒリヒリ感の強いプロジェクトとなります。

一方で、大企業は、社長もサラリーマンであることが多いためか…
それともキャッシュにゆとりがあるためか…
比較的ゆるやかなのでしょう。

また誤解を恐れずに言えば、大企業は失敗の言い訳を発注しているのかも知れません。
自分の責任を回避するため、プロジェクトに失敗してもコンサルタントの責任にすることが出来るためです。
ありとあらゆる可能性を検討したけどダメだったんです…と言う言い訳材料を入手するために、コンサルタントを雇っているような気がしてなりません。

この心理的作用によって、MECE(ミーシー)は生まれたのかも知れません。

今一度言いますが、ありとあらゆる可能性を検討すれば、成功確率があがるというのは、幻想に過ぎません。

失敗の本質の著者である、一橋大学名誉教授の野中 郁次郎 先生が、以前雑誌のインタビューにプラン偏重主義の弊害について答えていました。

計画や数値目標なしに経営は成り立たないのでは?ーーーーーー

という記者の問いに野中先生は
以下のようにお答えされています。

「計画や数値目標は現状維持の経営には役立つかもしれないが、改革はできない。欧米の科学的管理手法から発展したやり方は、感情などの人間的要素を排除しがちだ。計画や手順を優先させられると人は指示待ちになり、創意工夫をしなくなる」

「計画や手順が完璧であることが前提だけに、環境の変化や想定外の事態に直面すると、思考も停止する。高度成長期には躍動の原動力だったとしても、今では成長を阻害する要因だ」

と、断言されています。

要するに、現場の肌感覚を重視して、正しい現状把握の元、迅速かつ的確な行動をすることの重要性を説いているに他ありません。

野中先生は、『知的コンバット(戦闘)』と言う言葉を使って、現場感覚を徹底議論する姿勢を評価しているので、この見立ては間違いありません。

JALや日産など、V字回復に成功した企業を考察しても、カッコ良く優れたプランというよりも、凡事徹底…当たり前のことをどこまでも深くしつこくやってきたことが見て取れます。

セブン-イレブン・ジャパンを育てた鈴木敏文元社長も、発注の重要性を徹底的に浸透させるために全国から店舗指導者を毎週会議室に押し込んで、あらゆる角度から発注の重要性を擦り込んだと言っています。

この会議を開催するための交通費等で何十億円もコストが発生するのに、テレビ会議には移行せず、フェイスtoフェイスで、擦り込むことを重んじたのです。

皆がわかっているつもりでいることを、身に沁みてわかるまで徹底するから組織力が出るのです。

なぜ、優れた経営者は、凡事をそこまで徹底するのか…

それは、言語学の父と言われたソシュールが解いた『言語の恣意性』を紐解くと、答えが浮かび上がってきます。

言語の恣意性とは、カンタンに言うと、言葉(単語)とモノには絶対的な関係は存在しないということです。

例えば、英語にはラット(大きいネズミ)とマウス(小さいネズミ)という単語があります。
しかし、日本語にはネズミという単語が1つしかありません。
ネズミ駆除の重要性を解いたときに、捉え方が違うと会話が噛み合いません。

日本語では、蛾(ガ)と蝶(チョウ)は区別されていますが、フランス語では蛾をpapillon de nuit(夜の蝶)とよび、蝶はpapillonと呼びます。
どちらもパピオン(papillon)です。

言葉は、人によって捉え方が変わるので、イメージや態度も変わってきます。
蛾は汚いもの…という態度と、蛾は夜に舞う神秘的な生き物という認識では、必然的に態度は変わります。

これは、言語の相違だけではありません。
同じ日本語であっても、育ち、習慣、学習レベル、対象に対する興味関心によって、変わってくるのです。

伝説を残した経営者は、きっとこの「言語の恣意性」に着眼し、同じことをあらゆる角度で何度も何度も繰り返し説くことで、経営の考え方や方針の温度差を無くす努力をしているのでしょう。

経営のキモを握る「顧客視点」や「顧客目線に立って考える」という言葉も、人によって様々な受け止め方がされています。

何を持って「顧客視点」なのか。
なぜ、顧客目線が必要なのか?
非顧客は、顧客なのか?

当たり前のことを、組織のメンバー全員で問い直し、同じ言葉を、温度差なく同じ価値観で捉える「哲学的経営」が、組織力向上のカギとなる強く感じています。

しつこいようですが、立派なプランを企てるよりも、成果から逆算した「やるべきことの凡事徹底」が成果を生み出すキモを握っています。

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