
「攻めるべき事業領域は会社として定まっていて、1日の営業アタック件数も決まっているのですが、受注につながりません。KPIの設定が悪いのでしょうか?」
先週のコラムをお読みいただいた読者の方から、興味深い質問をいただきました。
これは営業組織がつまずく典型的な論点でありながら、実は体系的に語られることが少ないテーマです。多くの企業では、営業活動を強化しようとすると、まず「アタック件数を増やす」という管理的アプローチに走る傾向があります。
コンタクト数をKPIとして掲げ、達成基準を設け、行動量の増加を促すわけです。
もちろん、売上を伸ばすには一定の接触量が必要です。
この点は否定できません。
しかし、ここで多くの組織が見落としてしまう前提があります。
それは、 “前提条件が整っていなければ、アタック件数をどれだけ増やしても数字にはつながらない” という冷徹な現実です。
実際、成熟した商材や、既に勝ち筋が見えている領域であれば、管理的アプローチは有効に機能します。ドラッカーが指摘するように、効率性のアプローチは「予測しうる結果を繰り返し生み出すための仕組み」であり、平凡な作業を正確に反復させるためには強力な武器になります。
すでに売れている商品、ある程度の顧客層が確立している市場では、「管理」はまさに組織の力となりえます。
しかし、新規事業や、売れていない商品をゼロから立ち上げる場合は、まったく話が異なります。
この領域に管理のアプローチを持ち込むと、ほぼ確実に機能不全が起こります。
なぜなら、そもそも“どうやったら売れるのか”というロジックが存在していないからです。
売れる理由が分からない。
どんな顧客が、どんな痛点を抱えていて、どう説得すれば響くのかが分からない。
提案のどの部分が刺さるのかも、解像度の高い「提案の切り口」が明確に言語化されていない。
この状態で「数を打て」と指示されても、営業の側からすると、どれだけ行動しても成果につながる実感が得られません。
人間は「頑張れば成果が上がる」という道筋が見えたときにはじめて士気が上がります。
逆に、道筋が見えないまま戦場に送り出されれば、よほどの変態でない限り、次第に疲弊し、やがて戦意を失っていきます。
つまり、営業が成果を出すためには、「アタック件数よりも先に整えるべきもの」が存在するわけです。
それが、“売れるロジック”の確立です。
売れるロジックとは、どの顧客層が、どの構造的な痛点に悩んでいて、なぜそれが放置され、そこにどんな経済的インパクトが潜み、自社がそれをどう解決できるのか…という一連の勝ち筋です。
これが定まっていない状態では、営業行動はただの“作業”になってしまう。
逆に、このロジックが見えた瞬間、営業は一気に動けるようになります。
ドラッカーは、有効性のアプローチを“創造的なエネルギーを解放する営み”だと言いました。
まさに、新規領域の営業や、思うように売れていない商品の活性化は「創造」そのものです。
現場のファクトを拾い、文脈としての痛点を読み解き、顧客が自覚していない構造的な問題を見出し、それが個別事情なのか、業界構造に根ざした普遍的なテーマなのかを検証する。
この一つひとつの作業が、売れるロジックを形づくっていきます。
このプロセスを飛ばして、いきなり「KPIだ」「活動量だ」と号令をかけてしまうから、組織は消耗し、優秀な営業マンから辞めていく。
これは、意外にも多くの企業で繰り返されている失敗です。
では、御社の営業部門ではどうでしょうか。
攻める領域が定まったあと、その市場における“構造的な痛点”を正しく捉え、売れるロジックを描き、顧客視点と自社視点を統合した勝ち筋を設計したうえで、営業にアタックを促しているでしょうか。
もし、ロジックの確立を飛ばして“行動量だけ”を鼓舞しているのだとしたら、成果が出ないのは営業のせいではなく、戦略設計のプロセスに原因があります。
営業戦略とは、行動を増やすことではなく、「勝てる筋道をつくる営み」にほかなりません。
そして、この“勝てる道筋”を見つけ出す方法は、大きく分けて二つしかありません。
・一つ目は、マネジメント側が戦略として企画し、勝ち筋を設計するアプローチ
・二つ目は、もう一つは、現場に企画させ、実践の中で勝ち筋を発見していくアプローチです。
ここで注意しなければならないのは、後者──つまり現場に企画をさせるアプローチにおいて、最初から成果を求めてはいけないという点です。
目的は「売上」ではなく、「勝ち筋を見つけること」そのものにあります。
ドラッカーが指摘した“有効性のアプローチ”とは、まさにこの考え方に通じます。
管理で成果がでる事業と、管理すると逆効果になる事業があります。
その「前提条件」を踏まえずに、安直なマネジメントを遂行すると、営業部門は、反論するか沈黙するか…
いずれかの反応しか示さなくなっていきます。
反論するのは、「このやり方では成果が出ない」と直感的に理解しているからです。
沈黙するのは、「どうせ聞き入れられない」「言っても無駄だ」と学習してしまったからです。
そして、結果がでない状況が続くと、マネジメントは「やはり行動量が足りない」「やる気がない」と誤解し、さらに管理を強めてしまう——こうして負のスパイラルが始まるのです。
だからこそ、営業戦略を設計する際は、顧客心理と営業心理──この二つの心理構造を同時に満たす“道筋”をつくることが、成功の絶対条件なのです。
御社の組織運営は、人間心理に基づいたマネジメント視点で行われていますか?
【参考文献】
「断絶の時代」P.Fドラッカー著(ダイヤモンド社)
