とことん「本質追求」コラム第419話 自由主義と超管理社会が共存する社会下での組織運営

 

「道徳心をベースにした評価システムは、確かに理想的だと思います。しかし、実現には多くの時間と私たちの根本的な意識改革が必要です。なかなかの難題ですよ」

先日ZOOM会議のあとの雑談タイムに、先週のコラムの感想がてら率直なご意見を頂きました。

もちろん、私自身も「道徳心をベースにした評価システム」は簡単に構築できるものでもなく、かつ運用し続けるのにも大変な根気が必要であるとの認識もしています。

しかし、産業活動が活性化していないこのタイミングだからこそ、じっくりと考え、次なる打つ手を講じる事ができるはずです。
逆にこのタイミングを逃せば、再び経済活動が活性化した時には、後悔することになるでしょう。
旧体制のままの新時代へと突入するのですから、成長の足枷(あしかせ)になるためです。

経営者、働き手共に、非常に高いストレスを抱えながらの変革になりますが、変革期に起こることを予測しておくことで精神的、労力的な負担は軽減されるはずです。
少なくとも致命傷には至らなくて済むでしょう。
衝撃が来るのがわかっていれば、色々と準備ができるわけですから。

では、どのような予測ができるのか?
そしてどんな準備が考えられるのか?
マクロ的に見た概要を2段階に分けてアプローチしてみたいと思います。

1段階目は、 次なる時代への移行期です。

これは、一言で言えば 無秩序状態の到来となるでしょう。

コロナ終息後においてコロナ前の勤務体制に戻し、評価体制も変えずにいるのであれば、この無秩序状態になることはありません。
しかし、新しい時代に対応させるために、勤務体制を在宅型(半在宅も含む)にしたり、自主性を讃える評価システムに移行するのであれば、無秩序状態になる未来は容易に想像できます。

なぜなら、人間心理に根深く横たわる問題が潜んでいるからです。

在宅勤務や自主性を重んじると、必要不可欠になるのが「計画の立案」という作業です。
組織から求められる成果を生み出すために、何を行えば良いのか、いつどのタイミングで行うのが良いか…など、成果から逆算して日々の仕事にブレイクダウンする能力が求められるようになります。

これが簡単なようで難しい。
しかも、”会社の中ではなく、自宅で自由にやって良いよ。”となれば、一定数の人達は不安の念に苛まれ、思考も行動も停止状態になるでしょう。

心理学者であり、経営管理にまで研究範囲を広げたマズローも「完全なる経営」の中で言及しています。

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各人の力量だけで対処しなければならない状況に置かれた人間は、時として己の力量不足を思い知ることになる。そのため無気力、無節操、ものぐさ、不信、不安、鬱状態などに陥る者も出てくる。彼らも権威主義的に振る舞える普段の状況ややり方が決まっている状態であれば、何とかやっていくことができる。
しかし、自由で規制がなく、自己責任が求められる状態になると、自分が本当は仕事に興味がないことや、自分の能力に疑問を抱いていたことに気づき、それまで強く抑え込んできた鬱々とした感情が一気に噴き出してくる。

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と、問題を提起し、新しい経営管理スタイルへの移行を目指す人々に対して、注意を促していました。

1970年にマズローが亡くなってから50年。
その歳月を経てなお、その視点が色褪せぬほど、今の置かれた社会環境にも、経営環境に対しても当てはまっています。

新しい時代に移行する際、過去の常識は脱ぎ捨てなければなりません。
とは言っても、人間はこれまでの思考、常識、信念を捨てることが最も難しいもの
どうすれば良いのか決断が出来ないでいるとマズローが指摘した通り、無気力、無節操、ものぐさ…など思考停止状態に陥ります。
これが一定数の人数になると…
会社、社会は必然的に無秩序になるでしょう。

この無秩序を回避するための対策は大きく分けて2つあります。

・前時代の指示・命令の権威主義的な組織体制への逆戻り。
そして、2つ目が
・「成果から逆算して日々の仕事にブレイクダウンする能力」を持った個人を中心にした組織づくり。

この2つです。

指示・命令による権威主義的な組織体制への逆戻りは、時代に逆行するため無駄な労力を強いられるでしょう。

したがって、「成果から逆算して日々の仕事にブレイクダウンする能力」を持った個人を中心にした組織づくりを目標にした方がベストな選択なのですが…
これはこれで、多くの人からバッシングを受ける懸念があるために、躊躇する経営者が続出するでしょう。

「能力のない人間は首にするということか!?」
と感情むき出しになって食ってかかってくる人たちが一定数出てくることが容易に想像できるからです。

しかし、この反論を避けるために、尻尾を巻く必要はないと藤冨は考えます。
そもそも論として、個人から見たら「能力の発揮できないところで生き長らえることこそ、人生の最大の不幸せ」だと気付けるチャンスでもあるのです。

人間は自尊心が満たされてこそ、存在意義を見出すことが出来ます。
自らの能力が発揮できる場所を突き詰め、自尊心を満たし、そこから幸福感を得ることが、人生の醍醐味なのではないでしょうか。
少なくとも心理学的に見れば、これが正解であるはずです。

能力を身につけるには、好奇心の湧く仕事を見つけることです。
好奇心こそが、「成長」の礎になるからです。

歴史を紐解けば、時代の移行期というのは「選別の時代だった」と振り返ることが出来ます。
社会が要請する選別という視点。
そして、個人が自らの活路を選別するという視点。

この2つの重なり合ったところに活路があります。
これは組織も個人も同じことです。

会社も個人も、自己の能力が最大限発揮できる「居場所」を今のうちから貪欲にリサーチし、足を突っ込んで見ることをオススメします。

次に、移行期を経て、 新しい時代の到来です。

新しい時代は、大きな視点で見ると「超管理主義」と「自由主義」を併せ持った社会が到来すると藤冨は予想しています。

・キャッシュレス化(紙幣取引のブラックボックスがなくなる)
・個人データの管理(日本ではマイナンバーや、今後想定されるコロナ対策の生体データ管理)

など、中国の先例を見るまでもなく、国家が個人を監視したくなる動機はいくらでもあります。
それが、民間に飛び火する可能性を考えると、一定の企業も「上述の自由裁量の組織運営」とは程遠くなる可能性も高いです。

また、今回のコロナ騒動で、補正予算を含めて総額200兆円もの国家予算(平たく言うと支出)が国会を通りました。
私たちの生活で言うと、収入が50万円なのに、支出が200万円と行った感じです。

溜まりに溜まった借金は、2031兆円。(令和2年、財務省主計局「我が国の財政事情」より)

普通なら首が回らない状況だとは思いますが、麻生財務大臣は「我が国は国家破綻したギリシャのように外国人が国債を購入しているわけでない」「政府が借りて、皆さん(国民)が貸しているの」と、1900兆円あると言われる国民の金融資産残高をあてにしているのを明言しました。

仮に財政が破綻したら、見せかけの自由主義が蔓延るのは目に見えています。

自由主義と管理社会の実現。
実に都合の良い社会です。

こうした社会的な動きが、民間にも波及することを想定すると、2つの対策が考えられます。

働き手を労働者として見なし高コスト体質で管理する会社の運営か。
それとも、成果を上げられる能力のある個人をまとめ上げる組織か。
御社は、どちらの組織体質を望みますか?