とことん「本質追求」コラム第144話 多くの営業研修が結果に結びつかない理由?

「それで失敗したら、誰が責任を取るのですか?」

 

先日、お手伝いしている企業で、営業戦術会議をしていたときのことです。

そろそろ中堅格に仲間入りする20代の若手営業マンが、決まりかけたアイディアに横やりを入れてきました。

 

責任感が強い現れか…とも見て取れますし、実際に単なる批判的な態度で接している訳でもなさそうです。

 

現場に出て、実践するのは彼らです。

失敗した責任を押し付けられても…という思いを抱くのはある意味自然なこと。

営業マンは、業績で評価をされるため「出来れば確実に売れる方法を見つけスグに成果をあげたい」と気持ちが全面に出るのは、仕事に対して積極的な心構えの持ち主であるとも評価できます。

 

しかし、見方を変えると「なぜ、やってもいないのに評価が出来るのか?」と気弱な性格も透けてみえます。

 

上司に対しては、一見強気にも見える態度の裏側には、評価されなかったときの自分に極端におびえているのでしょう。

 

アタリマエの事ですが、失敗した最終責任は経営者や現場責任者にあります。

上が最終責任を追うのです。

「思い切ってやれば良いのに…」と、思うのは世代間ギャップの本質にフタをした見方になってしまいます。

 

今の若手が「失敗を恐れる傾向」にあるのは、ある意味仕方がありません。

 

以前、趣味で通っているフルコンタクトの空手道場で高校生、大学生の子達に「いま草食男子って言葉があるけど、何で草食になるのだろうか?」と質問すると…

 

「きっと傷つくのが怖いのだと思います」と、私の想定とおりの回答が返ってきました。

 

「自分たちは?」と聞くと、「たぶん僕もそうです…」と口々にいうので、道場で心身を鍛えているハズなのに、そこは別物なのか…と肩を落とした記憶がありますが…

折れない心づくりを目指し、痛みを伴う“ドツキ合い“に果敢に立ち向かう道場生でも、社会に放り込まれたときの失敗には恐れを抱くのです。

 

このように「ある一例」ではなく、社会全体で「ある傾向」が見られるときには、その背景を睨み、根っこから改善できる対策を講じなければなりません。

 

現象に目を向けている限りは、問題解決には至らないのです。

 

営業研修の効果がなくなってきた…と経営者の多くが口にしています。

様々な理由があるのでしょうが、大多数の営業研修は「現象」に目を向けて、セールス力の向上プログラムを作っていることが原因です。

 

コンサルティングを通じて「こうすれば、これからの時代でも売れ続ける!」という営業戦略や戦術立案をお手伝いさせて頂く中、ここには強い懸念を抱かざるを得ません。

 

 

例えば、高額な生産材やシステム商材を売るセールスと個人に保険を売るセールスとでは、セールスのツボも異なれば、管理者の目標管理基準も全く異なります。

 

高額な生産材やシステム商材は、意思決定者が複数介在します。

ときには、部門間をまたがり意思決定がなされ、キーマンが複数になることすらあります。

 

それなのに、目標管理で設定される基準が「手紙や訪問回数などのアプローチ数などの定量的な数値」であったならば、チェック基準と成約の因果関係が薄いため、意味をなさなくなります。

 

現場の人間は、上に言われたことをちゃんとやっているのに結果がでない…となれば、士気も下がります。

 

自責の念が大事…と教育したところで、「私は能力がないのか…」と落ち込み、失敗しないような方法論を学習しはじめます。

 

大多数の「他責の念」を抱く人達は、「会社が悪い」「商品が悪い」「上司が悪い」と、問題解決のスタートラインにさえついてくれません。

 

経営者や現場責任者は、ウチの社員はダメなやつが多い…と嘆き、現場の人達は、ウチの会社はろくなもんじゃない…と居酒屋で愚痴る。

 

双方で疑心暗鬼になっていれば、より良い結果なんて出せるはずもないのです。

 

現象レベルで対処している限りは、この問題はずっと続きます。

本質的な改善を図らないとなりません。

 

本質的な改善には、「問題の背景を睨んだ施策」を講じる必要があるのです。

 

今の若者が、失敗を恐れたり、他社の評価に敏感であったりするのは、社会が寛容でなくなったことが大きな原因です。

また、成長すれば明るく楽しい現実があることを実感していないために、成長に向かっての貪欲さが醸成されにくい社会構造になっています。

 

エジソンが「竹」という素材に巡り会い電球の開発に成功したとき、一万回の失敗をしたことは有名ですが、氏は「失敗ではない。うまくいかない方法を一万通り発見しただけだ」と言ったそうです。

よく営業研修の現場では、「だから失敗してもいいだ!」などと無責任な発言をしていますが、そんなに簡単にマインドチェンジが出来れば、どの企業でも業績は飛躍します。

 

失敗してもいいだ! と声高々に言っても意味がないのです。

 

砂漠に水を撒くくらいなら、撒かない方が体力は温存できます。

無駄な努力はいくらやっても、無意味な結果しか生まないのです。

 

 

もし、砂漠を潤わせたいのなら、まず砂漠化を止めなくてはなりません。

植木を行って、環境そのものを変えてしまうのです。

 

誰が考えてもこのアタリマエのことでも、実際の仕事のこととなると上手く転用できません。

 

これは本当に不幸なことです。

 

だからこそ、経営者やマネジャーは真剣に考えなくてはなりません。

「どうすれば、構造を変えられるのか…」と。

 

例えば、営業現場であれば…

 

・  個人成果主義から、チーム成果主義にしたり。

・  行動と成果の因果関係を明確にして、失敗ではなくテストである…という認識を視覚化させたり。

・  販路開拓や新商品開発の困難性を共有して、未来の成功に向かって、プロジェクトXの脚本づくりを日々の営業活動に組み込んだり。

 

と、自社のビジネスモデルや組織文化に合わせて、「どうすれば失敗しても、前向きにチャレンジし続けられる環境をつくることが出来るか」を熟考することが大切です。

 

環境さえ変われば、今の若者は頭がいいから、どんどんアイディアを出してくれます。

 

御社では、失敗してもチャレンジし続けられる環境づくりを意識して作り上げていますか?