「売れないのではなく、売っていないだけ。やっと現実に気がつけましたよ」
1年ほど前にお手伝いしていた企業の社長さんから久しぶりに電話がかかってきました。
先週のコラムの中にあった「顧客心理だけでなく、従業員心理をも視野に入れること」というフレーズが耳に残ったとのことです。
当時、新規事業を立ち上げる際に「0から1にするステージを手伝って欲しい」と言われ、営業の仕組みを作った会社です。
実際に藤冨もテストセールスに同行し、無事に受注を獲得した営業マンの姿を見て「これならイケる」と、安心してプロジェクトから離れたはずなのですが…
その後、営業マンの士気が下がり、新商品の売り上げは低空飛行。
当時に立ち上げた「ホームページ」からの問い合わせ以外、受注は決まっていないとのこと。
普段のルートセールスからも十分に引き合いは取れるはずなのに、なぜ営業マンは商談を掘り起こせないのか?
社長としては、首をひねるばかりだったそうですが、先週のコラム「農兵分離の概念」を聞いてハタと気がつかれたそうです。
戦う専門兵士(営業マン)の育成の徹底ができていなかった…と。
1年前にプロジェクトを立ち上げた際には、主として動いてくれていた営業マンも、日々の業務に忙殺されているうちに徐々に新商品を売ることを忘れがちとなってしまったよう。
だからと言って「新商品専門の営業担当」までは作りきれない。
でも、専任にしないと、次なる事業の柱としては育成できないのも現実。
そう悩んでいた社長に、電話口で助言させて頂きました。
まずは、●●さんに新商品の予算を与えて、既存客を他の人にスイッチさせましょう!と。
「農兵分離」の概念になぞらえれば、当たり前のことです。
しかし、机上の空論では解決できない「現場ならではの苦悩」があるのも、理解できます。
恐らく社長が、そのままダイレクトに「既存客を別な人間に任せて、新商品に専念してほしい」と言っても、反感を買うだけ。
「(既存客がいなくなれば)予算達成の目安が立たなくなるじゃないか」
「あのお客さんは、俺じゃないと分からないことがある。他社に取られたら大ごとだよ…」
「そもそも新規だけなんて、消耗しちゃうよ」
おおよその反応はこんなところ。
表面的には「はい、やります」と言ったところで、そんなネガティブな思考のままでは出せる成果も出せるはずがありません。
なので、ワンクッション置いて、説明することをオススメしました。
「もしも、●●さんが新規に専念したら、どうなるか? そのメリット・デメリットを協議しよう!」という場を設けると良いですよ、と。
そもそも、不安の源泉は「将来起こり得るダメージ」に対しての恐怖から来ています。
「商談が掘り起こせなくなって、ずっと会社にいたら“サボっている”って思われるよな…」
「そんで予算が大幅未達だったら、肩身が狭くなるよな…」
「社長の期待に沿えなかったら、クビになるのかな…」
チャレンジもしていないのに、妄想が先行して、勝手に不安になって尻込みをしてしまう。
これが、チャレンジを拒む最大の原因です。
ならば、その妄想を「言語化」し、予め「対策案」を見出してしまえば良いだけなのです。
私が、初めて経営学に触れた時、ひどく心が動いた概念があります。
「コンティンジェンシー・プラン」 という概念です。
元々は、事件や事故、災害などの不測の事態が発生した際に、被害を最小限にとどめるため、予め対応策を用意しておくリスク管理手法なのですが、これは前向きな戦略策定にも十分に使えるのです。
まさに、前述のような時にはもってこいです。
まずは、関係者が集まって、不安要素を全員で絞り出します。
この時に、ホワイトボードに書き出すことがポイントです。
喋り言葉というのは、矛盾を孕んでいても、さほど違和感を覚えませんが、書き言葉にすると、矛盾が解消されていくからです。
そして、箇条書きにされた不安要素に対する打開策をできる限り多く打ち出してみるのです。
有効策か否かはこの時は選別しないでください。
とにかく量を打ち出して、後から選別するようにすることがポイントです。
「もし、こういう状況に陥ったら、こう行動に移す!」
そのあらゆるケースを全てテーブルの上に乗せてしまうのです。
これから一人で戦う営業マンが抱えるであろう「不安要素(課題)」を、社長や営業マネージャーも一緒になって頭を悩ませる。
そして、想定される不安をチャンスに変える作戦を予め決定してしまう。
どうでしょう。
内容次第ではありますが、妄想するテーマが全て「テーブル」の上に並べられて、何かあった時の対策が全て予め決まっていたら…
不安なんて心の中に浮かび上がってきますでしょうか?
普通は、全て消え去ります。
こういった状態を作った上で、「君がやってくれないか?」と言えば、受け入れやすくなりますし、モチベーションの維持も容易くなります。
顧客心理を読む前に、従業員心理まで心を配る。
これからの時代、特に若い世代を育てる上では、避けては通れない道になりそうです。
御社でも、従業員心理を考察した上で、未来を切り開く戦略の策定と実行を行なっていますでしょうか?
そして、新規事業を推進する際に、思い切った人事とコンティンジェンシー・プランを同時に遂行してみてはいかがでしょうか。